加害者へ告ぐ!法律が裁かなくても、私は絶対に許さない!

 

 

性犯罪の被害にあってから、

「生きる事」を何度も捨ててしまおうと、

何度も、自分を傷つけた。

「明日、死のう。だから、今日はいっぱい寝よう。」

「死ぬ前に、大切な人にお礼を言おう。」

「死ぬのなら、誰かを助けてから死のう。」

そんな風に「死ぬ」という事を希望に、

私は毎日を生きている。

忌まわしき記憶

 

性犯罪とひとくくりに言うけれど、

私がされたのは、性虐待、

心理支配(ネット等を使った誹謗中傷、職場での言いふらし)

による軟禁。

言われた言葉もとても人間とは思えない事だった。

 

「性処理だけの道具」「ごみで寄生虫」

「ただマンゲット」「金入れたから人間扱いしてやる」

「ドラッグ漬けのババア」「売春婦」

 

これ以上は思い出せないけど、

壊れそうになるくらいに約1年近く毎日言われ続けた。

SNSを使って、複数の人間とも性交渉をさせようとされた。

性行為を拒否したり、加害者に反抗すると、

馬乗りになり、何度も殴られたり、

首を絞めて殺されそうになった。

私が思い通りにならないと知ると、

職場で性行為の詳細を言いふらされ、

会社を退職せざる得ない状況まで追い込まれた。

私は汚れている

 

加害者宅から逃げ出した後も、

その忌まわしき記憶が思い出されると、

買い物の途中で、「わたしの触ったものは汚い。」

強烈にそう思ってしまい、品物にも触る事ができなかった。

その思いは料理を創る事も私から奪った。

トイレに行きたくなったり、

下腹部に少しでも刺激があると、

全身から汗がにじみ出し、

ものすごい嫌悪感が私を襲った。

そして、あまりにひどい言葉を投げつけられ続けたため、

言葉に過敏になってしまうため、テレビも観る事ができない、

音楽すら聴くことも出来なかった。

その頃の私が唯一できた事は、

自分の腕やお腹や足を、

フォークとか、ハサミとか、果物のナイフで傷つける事だった。

そうすることで、汚れた血が外に出ているように思えて、

少しだけ安心できたから。。

忌まわしい記憶を外に出す

 

完全に外出できなくなった私が行動できる場所は、

ネットという小さな世界だけ。

でも、SNSを使った嫌がらせを受けていたため、

無料ブログ等のサービスブログではなく、

自分のブログを作らなければならなかった。

最初はわたしの完全なはけぐちでしかなったけど、

ブログを通して、たくさんの人と知り合う事ができた。

被害後、心身ともに崩壊してしまった私でも、

性犯罪にあった事実を知っても、

生きてほしいと真剣に願ってくれる人がいる事を

みんなは教えてくれた。

虐待の記憶は決して消えないけれど。。

 

命を拾ってくれる手

 

今日、この日に至るまで、

私は何度も死のうと真剣に思っていた。

汚れた自分を、自分の手で八つ裂きにして、

川に捨ててしまいたいと思っていた。

「この記事を書いたら、死のう。」

そう思ってパソコンを開くと、

必ず誰かからメールが入っていて

「苦しくても生きて。」

そんなメールがいつも私の命を拾ってくれた。

嬉しいけど苦しくて、どうしていいかわからなくて、

血だらけの自分の腕をグッと抱きしめて、

いっぱい泣いて、涙が枯れるほど泣いて、

疲れて眠りについていた。

ブログを書くようになって、

たくさんの人と知り合えた事けど、

また言葉で傷つけられるのがすごく怖いという思いや、

私が犯罪被害者だから憐れんでいるだけなんじゃないかとか、

いろんな事を考えだすと、

その優しさも怖くなり、なかなか行動する事が

私にとっては難しい事。

裁判の疲労や激しいフラッシュバックも重なって、

今度こそ全てを捨てようとおもったその時、

大好きなmakimakiさんがくれたメッセージ、

「お友達になってください。」

この言葉を私はきっと死ぬまで忘れない。

そして、どんな記事を書いても、

どんな私であっても絶対否定しないJUNICHIさんが、

「ネットだって、信じられる人間がいる。」事を教えてくれた。

そして先日、横浜のMikiさんと会って話している時に、

泣きつかれるほど泣いて、もう涙も出なくなった私の代わりに、

Mikiさんが流してくれた綺麗な涙も私は忘れない。

そして私が出した答え

 

性犯罪の被害は吐き気がするほどひどい。

加害者にとって都合の良い日本の法律のために、

被害者が受ける偏見や二次被害、そして二次被害のダメージは言葉にはできない。

でも、そんな死にたくなるほどの忌まわしき記憶を

全て覆ってもなお有り余るほど、

綺麗で優しい良心をもった人達が、

私が生きる事を願ってくれている。

それはどれほど良心的な判決を出してきた裁判官の言葉より、

正義と純粋さで満ちている。

さとちゃんに会った時に

「申し訳ないけど、わたしには止められない。」っていったけど、

さとちゃんがブログを通して「自殺」してほしくないって、

私の命を必死で拾おうとしてくれている事、

私は知ってる。

JUNICHIさんが自死してしまったお友達の記事を書いてくれた事も、

私は知ってる。

だから私は忌まわしい記憶と闘いながら、

生きていこうと思う。

私にしかできない事

 

私は性犯罪の苦しみを知っている。

犯罪そのもの、そして法律の理不尽さを知っている。

その苦しみがわかるから、

被害者が上手く言葉にできない気持ちを

理解してあげる事ができる。

全部を話さなくても理解してあげる事ができる。

忌まわしい記憶を全部話さなくてもその気持ちを知り、

少しでも早く回復できるようになる方法を伝えなければいけないのだ。

法律なんて何の役にもたたない。

まともに罰してなんかくれないし、

被害を立証できたとしても罰なんかない。

だけど

 

それが正しい事なんかじゃない。

 

絶対に間違ってるにきまってる。

法律がいくら裁く事ができなくても、

人間の中にある良心が絶対に裁くときがくる。

私はこれからも生きていく。

私の命を拾い上げてくれる手がある限り、

私は生きてく。

 

加害者へ告ぐ!法律が裁かなくても私は絶対に許さない。

 

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